自己啓発小説「新約 アリとキリギリス」
これは昔むかし
2020年頃のお話
この町には大層働き者の働きアリがいました
働きアリは毎日、怯えるように目を覚まし
同じように怯えたり、疲れきった顔のアリ達と
何かに追われるように職場にむかうのでした
働きアリは女王アリの罵声に耐えながら
仲間達と一列に並んで、一日せっせとエサを運び
少しの分け前を食べてその日を過ごしていました
「今日の分け前も少ないな、いや、来月はきっと増えるさ」
そういつも自分を慰めて日々を送るのでした
町にはセミが鳴き、夏がやってきました
過酷な真夏の猛暑の中働いていると
時おり仲間が動けなくなっているのを見かけるようになりました
働きアリは列を崩す事は許されないので黙って立ち去りました
「次はボクかもしれない・・・」
そう思うと働きアリは、夏の暑い盛りなのに
ブルッと身震いしました
そこへ楽しげな口笛と共に、友人のキリギリスが通りかかりました
彼は「遊び人だ」「変人だ」と他のアリ達からバカにされている人です
キリギリスは働きアリに気付いて話しかけました
「やあアリ君、今日も暑いのに大変だね。体を壊してしまうから少しボクと日陰で休んだらどうだい?」
「そんな事はできないよ!皆働いているんだし、それに分け前を貰えなくなってしまうじゃないか」
「ふぅん。貰わなくても、よく考えて探せば食べ物はそこらじゅうにあるじゃないか?列から抜け出して自分の為の食べ物を探しに行けばいいんじゃないかい?」
「無理だよ、皆から変な目で見られるし、女王から怒られる。それに頑張ってれば年に二回はちょっと多目に食べ物が貰えるんだ。だからそれを少しずつ貯めて、働けない年寄りになったらその蓄えで楽しく過ごすんだ」
「そうか、アリ君がそう言うなら頑張ってね。ボクはこれから友達と、冬が来ないところに移り住むつもりなんだ、遠いし知らない土地だから最初はすごく大変だろうけど、きっと上手くいくよ!」
いかにも楽天的な彼らしい言葉だった
「・・・・そんな事して怖くないの?」
「怖いさ、でも他人に恐怖や不安で支配されるよりずっといいよ。どうせ遅かれ早かれボクらは死ぬんだから、生きたいように生きたいもの。」
「それに」
キリギリスは飄々とした口振りで続ける
「他人に尽くしても一緒に死んでくれるわけじゃないしね。最後に天国に旅立つのは一人っきり、ボクを遊び人だ何だと批判した人も、ボクも、もちろん君も。それに天国には思い出以外に何も持って行けない、食べ物もボクのバイオリンも。」
働きアリは「上手くいきっこない」という言葉を飲み込んで
お互いに手紙を書く約束をしてキリギリスと別れた
無理に決まってる、と思いながらもどこか羨ましくもあった
だけど決して賛辞の言葉は出なかった
今までの人生を自分で否定したくない意地だったのかもしれない
やがて木々が色づき秋が来ました
働きアリは冬仕度の女王アリの為に
より多くの仕事を与えられ
寝ても仕事の夢ばかり見る日々が続きました
働きアリは限界でした
その日、些細なミスをし
怒り狂う女王アリの苛烈な叱責に
働きアリは失神してしまったのです
「精神に異常が、それに全身に震えがみられます、まともに治るかどうか」
「こいつもオシマイだな」
「シッ!目を覚ました」
嫌な会話で目が覚めると、そこは医務室でした
白衣のアリと職場のリーダーアリが見下ろしていました
意思と関係なくブルブルと手足が震え
これはただ事ではないと思いました
働きアリは震える体を起こすと
「ボクはまだ働けます」
と力無く呟いた
リーダーアリが
「まったく、この忙しい時期に欠員なんて勘弁してくれよ。悪いが完全に治るまでは職場には来ないでくれ。それと休んでる間は分け前は四割だからな」
「そんな・・・四割では暮らしていけませ・・」
働きアリの言葉を遮るようにリーダーアリはまくしたてる
「女王の意思だ。悪いが歯が欠けた歯車を放置するわけにはいかない、他にまで影響するからね。文句があるなら自分で好きに生きなさい」
「そんな・・・」
何年も何年も耐えてきた、周りが教えてくれた生き方の通りに
この世界のルールにしたがって真面目に生きてきたはずなのに
一体自分は何の罰を受けるというのだろう?
そして自分が女王を思うように、女王も自分を思ってくれると信じていたのに
今までの日々が
全てが沈んで行く
アリ地獄に飲み込まれるように
冬が終わり、雪から頭を出したふきのとうがそのツボミを開き始め春が来ました
粗末な食事で回復もままならないながら
働きアリはなんとか生きていました
ただ痩せ細り体は震え
このままでは長くないだろうと悟ったのか
力なく感動の無い日々を無機質に過ごしていました
ある朝、外に出ると春らしい晴天でした
「これで雪もキレイにとけるだろう」
ふと見るとポストに一通の手紙が入っていました
「きっと昨日届いたんだな・・・気付かなかった」
見たことのない景色が描かれ
嗅いだことのない香りがする絵はがき
キリギリスからの手紙でした
「やあ、元気かな?お互い冬を越えてひと安心だね。こちらでの暮らしが一段落したので約束した手紙を書きます。ここまでの道のりを書きたいけれど、スペースが限られるから・・・あぁ本当は全部教えてあげたいよ興奮に包まれた冒険の日々を!」
文面から彼の興奮が伝わり、働きアリの鼓動も少しだけ速くなりました
「とにかく、沢山食べ物があって暖かくて、ここは素晴らしいところだよ。ボクらは勤勉じゃないから食べ物を皆の部屋に運ぶのに一苦労さ、君のように勤勉な人に手伝って欲しいくらいさ。
そうだ!
これを書きながらいいこと思い付いた!アリ君を迎えに行こう!君も今よりずっと豊かに自由に暮らせるよ!さて、善は急げだ、手紙を出すついでにボクもそちらに向かうとしよう。手紙が先かボクが先か競争だ!ハハッ!それじゃあ!」
眩しい朝日が雪解けの雫にキラキラ光る窓を
そっと開けると
通りの向こうから楽しげな口笛が聞こえてくるのでした
おしまい